立身出世とすまいの関係と東京の神々の黄昏

住む場所が変わると人生のステージが変わる連載に注目が集まっていました。

tokyo-calendar.jp

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住む町がステータス、という考え方はどこからやってくるのか。家賃が高いから?地価が高いから?いいえ、中世末から戦国期にそういうシステムが成立していたからです。

戦功武功を挙げるとどんないいことがあるかといえば領地や屋敷地が与えられます。高給保証と社宅整備ですね。立身出世と住宅が分ち難く結びついたのです。古代から所領と屋敷をいただくのは立身出世ですが、よりいっそう誰にでもわかりやすいシステムが構築されました。この屋敷地がどこに与えられるかをヒエラルキーの可視化として有効に使ったのが織田信長でしょう。おれの屋敷の近くにいるやつがえらい。

単純明快にして競争心を駆り立てるシステムです。信長以前から中世末には徐々に城の中心部分の周辺に家臣の屋敷を配置する城郭都市のような形態が整備されていましたが、尾張小牧などではっきりと方針が打ち出されている様子をうかがえます。小牧山城のふもとには「おれの屋敷」に続けて屋敷地が行儀よく並んでいます。城下の町も職能によって居住地(本当にそこに住んでいたかは微妙)を設定するなど、ショッピングモール的な配置が行われています。住む場所が職業と社会的地位を的確に表すシステムです。

さらに洗練させたのが豊臣秀吉でしょう。「おれの陣にちかい陣がえらい」ということで肥前名護屋城の配置はみごとなヒエラルキーの可視化になっています。だいたいどこの陣も贅をこらした茶室や庭園が充実しています。おまえら、そこで何やってんだよ。

こんなうまい人心掌握術を活用しない手はありません。当然のように江戸は江戸城を中心としてえらいものが中心に近いところに屋敷を構える構造で計画されました。そういう経緯で江戸初期には江戸城の郭内に上級家臣の屋敷が構えられていました。朝早くから登城しなくてはいけない仕組みですから城から近い屋敷は当たり前のようにステータスです。堀の内側がなんでえらいか、といえばえらいやつほど城に近い場所に屋敷がもらえるシステムだったからですね。で、江戸の土地取引は勝手にはできないことになっていたので、基本的には幕府から拝領といって御貸し与えいただくシステム。土地条件としてはイマイチな低湿地であろうが崖地であろうが、なにしろ「この場所がえらい」。

場所のステータスはこうやってじくじくと熟成されてゆきました。ああ、あの場所に住むとえらくなれると憧れをつのらせる人々が自由に「えらい場所」に進出を許されたのが明治でした。許されるというか、既に疲弊して困窮した大名旗本家などが「えらい場所」を売りました。人からの評価を渇望する人はいつの時代も絶えません。おれはえらい、なぜならえらい場所に住んでいるから。だから山手線の内側に住んでるおれはえらい。

ところで、「東京カレンダー」の連載がとりあげる場所はそういう「おれはえらい」場所のはずなのですが、ざっと見た限りでは新興の場末ばかりというのがおもしろい。場所にステータスがあるという枠組みは残ったけれど、それぞれの場所のステータス自体はぜんぜん伝わっていない感がものすごい。いきなり渋谷ですよ。近隣に馬捨て場があったようなど田舎です。

その「わかっていない」青臭さがこの連載から漂うチープで表面的な底の浅い雰囲気につながる一方で、新しい現代の神話としての価値をふわふわと漂わせている。とても気持ちが悪い。野蛮な「知らない」が旧弊で高尚な価値を破壊して「知らない」我々を評価してくれるかもしれない、そういう物語は魅力的です。

要するに東京の地霊の終焉を眺めている気分になる。黄昏は人を不安にさせるとともに、新しい夜明けの夢を見せて魅了する。件の連載で本当に夜が明けてバラ色の明日がやってくるかどうか、つまり新しい土地の神話が成立するかどうかは難しいところですが、もしかしたらという気配に人々が敏感に反応しているのでしょう。

 

「土地の記憶」を語るにははずせないベストセラーが『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』です。占星術に置き換えた『運命を導く東京星図』はやや軽いのですが合わせて読むとおもしろいかもしれません。荒唐無稽ということでもなく、江戸が四神相応と呼ばれるいわゆる風水につながる都市計画手法に基づいていることが近年では広く知られてきているはずです。

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地霊の召還といえばこの漫画『ワン・ゼロ』を連想します。かなり古いので入手困難かもしれません。

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夢を煽って新興の場末よりもさらなる場末に価値を持たせたのが田園調布の開発ですが、そのあたりはまた別のおはなし。

 

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場末と思いながらも、渋谷に煌びやかなイメージを持つのも確か。

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